[イラン音楽紹介] タール〜イランの撥弦楽器(1)

前回、イラン音楽を演奏するのは「二人のみ」という言い方をしているが、これはロトフィさんのとあるアルバムにおける話であって、一般的にはもっと様々なアンサンブルがある。補足の意味も含めて、これから何回かに分けて、楽器やアンサンブル上の演奏形態について書こうと思う。

その前に、ここでいう「イラン音楽」は、イラン古典音楽、またはイランという国の、あちらこちらの地方で奏でられているフォークソングに絞ることにする。電気楽器でアレンジされた近代的なダンスミュージックや、1978年頃に勃発したイラン・イスラム革命以前までテレビやラジオを通して広く親しまれていた歌謡音楽も広義では「イラン音楽」に当てはまるのだが、それらについてはいつか別の機会にでも紹介しようと思う。

さて、イラン音楽といえばいくつか象徴的な楽器があるのだが、なかでも「タール」(Tar تار)という撥弦楽器はイラン音楽にとってもっとも花形であるといえる。イラン人に、イラン音楽に何を求めるか?と訊けば、「タールの音色が美しい音楽だ」と答える人は多いだろう。

正面からみた形は、ちょうど数字の「8」の字である。側面や背後から見てみると、なかなか言葉では表現しがたいがそのフォルムがいかに独特なものかと思われるだろう。

ボディの表面には子羊の皮が貼ってあり、皮の上にブリッジが置かれる。

弾く際には、「メズラーブ」という、ギターでいうピックを使う。このメズラーブ、真鍮や動物の骨などの堅い材質に蜜蝋を盛り付けたもので、蜜蝋の部分が握り部分となる。

ネックにはフレットが装着されているが、これはガット(羊などの腸を乾燥させて細い糸状に整形したもの)をネックに巻き付けている。ガットは湿気などの影響を受けやすく寿命が短いために、現在はシンセティック(プラスティック系)のものもあるにはあるが、演奏の際の音色に違いがあり、より「タールらしい」音色を好む人たちの間ではガットのフレットを愛好する人が多い。

弦は複弦の3コースで、通常は1コースめ=ド、2コースめ=ファ、またはソ、3コースめ=ド、とチューニングされることが多い。指板にフレットが装着されていること、弦が複弦になっていることなどをのぞけば、日本の三線と共通する部分が多い。三線も表面に猫や蛇の皮が貼ってあり、調弦もド・ファ・ド、またはド・ソ・ドである。

音色は、三線でいう「サワリ」(音がビビって「ビョーン」と聴こえる)のような変化があるのが特徴的で、ちょっとだけ、バンジョーに似ていなくもない。弦の振動のサスティーンはギターに比べると短い。

著名なタール奏者を何人か紹介したい。

まずは、前回にもあげたモハンマド・レザー・ロトフィ(Mohammad-Reza Lotfi محمدرضا لطفی)さん。
若かりし頃のロトフィさんは、もくもくと質実剛健な演奏をする相当な技巧派のひと、であった。

晩年のロトフィさんはまるで仙人のような風貌で、吟遊詩人の如く淡々と音楽と詩を紡いでいくスタイルに移行したが、この変貌がなぜ起こったか。いろいろ諸説はあるのだが、若かりし頃、ロトフィさんはとある政治活動に足を踏み入れていたらしく、革命が成就した後の国のあり様があまりに自身の理想と乖離していたため自責の念に駆られ、その反動で仙人のようになってしまった、という噂をよく聞く。そんな生き方も、私がロトフィさんを愛してやまない理由の一つだ。また、ロトフィさんは音楽学校を作られており、たくさんの素晴らしい音楽家を世に輩出している。
残念ながら、ロトフィさんは2014年、癌のため逝去されている。

次に、現在のイラン古典音楽界の立役者といっても過言ではない、もっとも代表的な奏者であるオスタード・ホセイン・アリザーデー(Hossein Alizâdeh حسین علیزاده)。

アリザーデー先生のアルバムを iTunes Music Store などで検索すれば本当にたくさん出てくる。その中には映画のサウンドトラックも多く、日本でも有名なバフマン・ゴバディ監督やマジッド・マジディ監督の作品でも音楽を担当している。
アリザーデー先生は古典音楽奏者であり、イラン音楽の歴史的な遷移をアカデミックに研究されている方であり、古い楽器を研究した上で現代の技術でもって新しい楽器を生み出す方であり、もちろん、教育者であり、とにかく活動の幅がほんとうに広い。そして、多くの音楽家から多大なる尊敬の念を集めている方である。
現在も世界中で演奏活動をされており、時々、トルコやアルメニアの音楽家とのコラボレーションも行っている。

ちなみに、ロトフィさんもアリザーデーさんもタールだけでなく色々な楽器を演奏されるのだけれど、それはまた別のところで紹介する。

素晴らしい演奏家はほかにもっと大勢いらっしゃるのだけれど、最後にもうお一方の紹介を。
オスタード・ファールハング・シャーリーフ(Farhang Sharif فرهنگ شریف‎)。

シャーリーフ先生のタールは、しっとりとしていて、全体に「憂い」があって、タールという楽器に限っていえば、私にとって個人的に一番好きな奏者。
先生の録音物には、まるで60年代の西海岸サウンドのごとく深いリバーブがかかっていて、それもちょっとした特徴かもしれない。

他に名前だけを挙げると、女性の奏者サフバー・モタッレビ(Sahba Motallebi صهبا مطلبی )、日本に縁が深い若き天才シューレーシュ・ラアナーイー(Shuresh Ra’nayi)、超絶技巧のオスタード・ケイヴァン・サケット(Keivan Saket کیوان ساکت )、ケイヴァン先生とはまた違った趣向の超絶技巧派アールジャン・セイフィザーデー(Arjan Seyfizadeh)、オスタード・ジャリール・シャフナーズ(Jalil Shahnaz جلیل شهناز)、オスタード・マージッド・デラフシャーニー(Majid Derakhshani مجید درخشانی )などなど、まだまだ書ききれないが本当にたくさんの奏者がいらっしゃる。

最後に、セイフィザーデーさんによるコンサートの模様を。トンバクを叩いているのは私も何度か教わったことがある、オスタード・ペドラーム・ハヴァールザミーニー。

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